戸屋集落レポート

日時 1月12日〜13日

1日目

新潟中越の戸屋に行ってきました。
長距離バスに揺られているといつの間にか雪深い北国へ

戸屋集落では雪深い山間部に10世帯が暮らしています。
子供が多くて元気なのが特徴です。棚田があり、米が美味しいんだそうです。
地震の爪痕はすぐには見つかりませんが、良く見るとあちこちにそのあとがあります。

まずは、前回のツアーで雪対策を立つだった桜の苗の木を見に行きます。無事で何より。
植えた場所は丘の上でとてもいい景色です。

そのあと、自治会館で食事をいただきます。緊張していましたが、徐々に打ち解けてお話しできました。お酒をどんどん注がれて、どんどん飲んでしまいます。
だいぶお酒が回ってきたころ、鳥追いの開始です。火の用心のように木をカンカン打ちながら、歌を歌い、ひとつ下の集落冬井まで練り歩きます。

鳥追いから帰ってきたあとも、また、お話が弾みました。Fさんは、かなり悪酔いして奥さん方に絡み、あとで、皆から叱られていました。それにしても皆飲んだなぁ。特に、ダブルKさん。

当日はそのまま自治会館に泊られていただきました。

2日目

翌日は、朝早く起きて賽の神の準備です。神社までササを運んで…

ササを立てていきます。

みんなで協力しながら作ります。出来上がったころ、村の人たちが、もやす物を持ってきます。かど松とか、子どもたちは、昨年度のテストとか(燃やすと頭がよくなるそう)

もえるときは一気に燃えます。

そのあとは皆で懇親する機会がありました。子供から、老人まで、皆気兼ねなく懇親しています。村全体の一体感を感じました。家族のようです。昔の多世代共生ってこんなだったんだなと感じました。
懐かしいなと思いました。自分が小さい頃は、自分の家族でも、親戚が季節の行事にはかならず集合していました。そのころってこんな雰囲気だったなぁと。

途中で、私たちが想いを話す場がありました。熱い想いを誰かが話すとそれにつられて、村の人も、村に対しての想いを少しづつ話し始めます。

昔は日本のどこにでもあったもの、そして、今は、もうほとんどどこにもなくなってしまっているもの。自然はきびしく、働きに行く職場は遠い。この村で生きていくことは本当に大変なことです。それでも、なぜ彼らはここにいるのか。
この村、を愛しているから、そして、この村に生きて、ここに骨をうずめることが自分自身の人生なんだという、人生観、責任感。そして、なにより、ここに、自分自身が今まで共に生きてきた、そしてこれからも生きていきたいと願う家族がいるからでなのでしょう。

私たちが親ならば、子ならばと考えるような、愛情や責任感、絆、そういったもので10世帯が結ばれていることを感じました。簡単にはまねできない、長い年月が培ってきた重みを感じました。人が生きるって、人が幸福に年を取っていくって、どういうことなのか、改めて考えさせられました。

ツアーの可能性についての可能性。

このツアー自体が非常に完成されていると感じた。農業などは、手伝うのは難しく、また、お客さんになって現地の負担がかえってましてしまうこともあるかもしれない。

しかし、伝統行事であれば、そういったことは少ない。若い者がいなくなって維持することがつらくなってきた伝統行事に、都会から人が参加し、擬似的であっても伝統行事を再現維持し、また、記録することで、未来へつなげる。
また、これを通じて、都会の人が感動し、それにつられ村の人が村に対する想いを打ち明け共有しあい、そして、何とか村を存続させていきたいという空気、エネルギー、活力が生まれる。

このためには、お客ではなく、今回のようなNPO活動という形態が望ましい。旅客業としてではなく、このNPO活動の規模が広がっていくことがよいのではないか、今後こういったモデルがもっと展開していくといいのではないかと思った。

「ボランティア」という素性の知れない私たち。新潟は、くしくも地震が起きて、ボランティアを必要としたところから、外部の方に対してオープンな空気が生まれた。

今後、この新潟を起点に新しい今後の日本のモデルができてくるのかもしれない。期待したい。

Author:TOYA?

well-yokodai.org is managed by housemates using wiki since 2007. mail : well.yokodai at gmail.com
  [edit this site] 編集 凍結解除 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新 編集   ヘルプ 最終更新のRSS